半世紀まえ日大生だった、おじさん達のつぶやき

50年前の全共闘運動の事を知っている方の意見募集をしていましたが、日大の体質改善要求になっている。アメフトの憤りが大きいので、改善要求をプラスしブログを更新します。2018_07~

日大本部への見学散歩ツアー参加を呼び掛けています。

全共闘運動が衰退し、その後に残った人々に赤軍派を上げられる。

自分が卒業間近で、あの人達は出てきた。セクトが分裂・合流を繰り返し出来上がった。
赤軍派が出来たとの噂を聞いたが、頭の片隅に記憶として残っていた。
でも、過激な事件に繋がるとは想像出来なかった。
日航機ハイジャック事件とあさま山荘での銃撃事件


日大全共闘は、セクトに入らず学内問題と考えていた人が多数です。
セクトに入ったと言ってもシンパ程度で、学内からセクト中心に動いていた人は少数派です。
だから日大全共闘は特異な存在だったのでしょう。

もっとも、セクトの人達は全共闘に寄り付かなかったので、残った政治の素人で構成された。

セクトの人達は全共闘運動を利用しようとしたが、全共闘運動は衰退した。
戦でも、負けそうになると相手と和議を結ぶか、身を捨て玉砕覚悟で戦いを挑む。
赤軍派は後の方向で進んでしまった。


日大の先輩の中に赤軍派へ行きかけた人もいて、「もしかしたら殺されていたかも」の感想を聞いた。

赤軍派の、その後は知った通りです。

卒業して河合楽器に入り、ピアノを売っていた。
その後転職し、卒業してから2年目を迎えた時です。
河合楽器の寮で事件が起きる。あさま山荘事件
勤務先のテレビで事件をしり、銃撃事件を一部始終を見ていました。
前年まで在籍していた会社の寮での事件です。無関心でいられない!


 数年過ぎ建設会社に転職した先に、警察官上がりの人がいました。
軽井沢の赤軍派事件で、ライフルから発射された弾が跳弾になり破片が足に当たり、足は腫れ上がり倍になったと言っていた。幸い足を切らずに済んで良かったです。その後、勤める事が出来ず退職したそうです。警察官を退職後、恩給が給付されていると聞きました。

<感想>
赤軍派の取り締まりに関与した人と、仕事で同僚になった。
赤軍派から遠い円の淵を歩いているような、事件が自分を追いかけて来る気分です。
人は何時、事件に巻き込まれるか判らない。

   橘樹 孝高


内田正人監督 1955年8月9日生まれ

2018/05/25

日大醜悪事件

 旧態依然のスポーツ部 人間は育たない

週刊金曜日 バックナンバー1193号
2018年7月20日発売

日大全共闘の記事有り。

日本大学の迷走など。

580円です。

サイトのアドレス貼り付けます。

日大の先輩がインタビューを受けています。
読んでみてください。

<不明朗な帳簿付けを指摘されたらまずいな、国の監査はきつくて嫌だ!!>
・1968年の使途不明金からの紛争の二の舞は嫌だろう。
・注:記載ミスは付きもの、当局との行き違いの記載も有る。

<マスコミが五月蠅いが、もうそろそろ静かになるかも!マスコミは興味本位で動く、記事が新鮮なうちは動くが、次の事件を待っている!アメフトの監督決定で取材は終わりだ!>

・マスコミは、記事が新鮮なうちは動くが、忘れやすい。間違い報道でも、報道された人は長い間苦しめられる。誤報道の訂正記事は小さくて見にくい。
 しかし今回は被害を受けた相手がいる。そして訴えている。裁判に、なるかも知れない。長い裁判が始まる。今回の件で、尻尾切りのようにマスコミやネットで騒がれた人物は切り捨てた。影で動いていた理事も切った。
 1968年代からの全共闘運動は、政治家が闘争の邪魔をしたが今回は政治家は動けない。日大を擁護する事は難しい。目の前で起こった暴力事件、その刑事事件に擁護はできない。TVで何度も起きた事を報道されて、隠す事が出来ないので日大側が頼んでも無理。
今後、文科省の指導が、きつくなる。

<外国人に頼らずに箱根駅伝の優勝を見たいぞ!!>
・今年、優勝したチームに外国人はいない。外国人の人数制限有るし限界では。せめて予選は通過して欲しい。ここまで弱くなるとは!
 国道1号線の応援も正月の風物詩に、なっている。自宅から1号線が近いので、年の初めは、箱根駅伝から始まる。予選が通過できない年は、応援する学校が無くなる。

<来年の入学者いるかな?それは心配ない、付属高校を増やしたので安心!!>
・これは先見の明があったのか。子供の数が減っても人数だけは確保できる。でも付属高校以外の受験者は?
   
   三毛猫 

hangyaku

日大闘争の記録「叛逆のバリケード」

「叛逆のバリケード」日本大学文理学部闘争委員会書記局
 初版は1968年自主出版で作成しています。

 全共闘運動の中で最初に私が手に入れたのは、表紙が赤字なので1969年版です。

 初版の本では紛争の真只中で、日大全共闘がマスコミの取材に会い文章の詩的な部分が、紹介記事に取り上げられていた記憶が有る。



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巻頭の文章を紹介
生きている 生きている 生きている
バリケードという腹の中で 生きている
毎日自主講座という栄養をとり
”友と語る”という清涼飲料材を飲み
毎日清涼的に生きている

生きている 生きている 生きている
つい昨日まで 悪魔に支配され 
栄養を奪われていたが
今日飲んだ”解放”というアンプルで 生きている

生きている 生きている 生きている
今や青春の中に生きている
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一文を紹介
当時の私達の解放感、高揚感が伝われば幸いです


  三毛猫

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